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盆地の熊本は、まだ蒸す感じは続きます。でも風は気持ちがよくて、阿蘇を観ていると中学の時の競歩会や、遠足。仲間で行った小旅行を思い出させてくれるので早朝に眺めてリフレッシュしています。まだまだ日が昇るとギラギラとした空なので、山陰から太陽が昇る前に雲に朝日が映える様子を撮れるとうれしいな。
学校を出て、直ぐではなくて他の仕事をいくつかしてから曲の仕事に就きました。1年ほどしてクラシックだけを1日放送する編成を任された時に、朝のプログラムでは川のせせらぎ、小鳥のさえずりを軽快なクラシック音楽に重ねて録音したプログラムは評判良かった。同様のレコードは何種類かでていたけれども、多いわけではなかったので他の番組で小鳥のさえずりだけを放送する番組があったので音源を有効活用することが出来ました。
クラシック音楽には殊の外、あれこれ工夫しないでもマッチするものです。
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フィギュアスケートの音楽に使われて、ここ10年ほどで人気の出てきたクラシック音楽。「誰も寝てはならない」はプッチーニの未完のオペラ「トゥーランドット」の主人公のアリア。これまでクラシック音楽で日常的に親しまれるようになった曲としては、フィギュアスケートで使用されたのが歌のない演奏だったというのに多くのテノールの録音で楽しまれているように見受けられて、わたしは興味深いです。[ JUGEMテーマ:オペラ ]
プッチーニ作曲 歌劇「トゥーランドット」から、誰も寝てはならぬ Nessun Dorma
誰も寝てはならぬ!
誰も寝てはならぬ!
姫、あなたでさえも、
冷たい部屋で、
愛と希望に打ち震える星々を見るのだ…
しかし私の秘密はただ胸の内にあるのみで、
誰も私の名前を知らない!
いや、そんなことにはならない、
夜明けとともに私はあなたの唇に告げよう!
そして、私の口づけが沈黙の終わりとなり、
私はあなたを得る。
誰も彼の名前を知らない…
私たちに必ず訪れる、ああ悲しい、死が、死が訪れる。
おお夜よ、去れ!
星よ、沈め!
星よ、沈め!
夜明けとともに私は勝つ!
私は勝つ!
私は勝つ!
謂わば夜の音楽。静かに朝の訪れを待つ中で楽しむのは良いものです。小鳥のさえずりと一緒に・・・
John Herberman
コメント:ニューエイジミュージックには色々あって、シンセサイザーミュージックやエレクトロ、イージークラシックにもなりきれていない内容も少なくなくてがっかりさせられることが多い。コンセプトにリリースしているけどハーバーマンは安定しています。 |
John Herberman,John Herberman
コメント:ニューエイジミュージックってずいぶん多くの良盤を聴き逃してきているんだろうな。機会がないと「このCDです」と教えて貰えることもないし、曲の一部だけが良いだけの内容もあるのが裏を返せば1番アーティストの感性が反映するジャンルなのでしょう。 |
オムニバス(クラシック),ラーリン(セルゲイ),ビョルリンク(ユッシ),アレサ・フランクリン,ニルソン(ビルギット),パバロッティ(ルチアーノ),ドミンゴ(プラシド),カレーラス(ホセ),ランツァ(マリオ),マイケル・ボルトン,ヘップナー(ベン)
コメント:同じ曲だけを1枚にしたCDは、各自の好みの演奏家を見つけ出す助けになります。繰り返し聞くことで理解も出来るし、演奏家が違えば演奏が違うことが分かった時にクラシック音楽を聴く楽しさが芽生えます。 |
コメント:クラスメートに教えてもらって初めて観たのが、どの作品だったかハッキリとはしないけれどもクラシック音楽が良く登場していたのであとで調べられるようにと録音だけ録っていたのが懐かしい。きっとDVDがでてたのなら揃えて貰えたでしょうね。
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コメント:SHM-CDが登場した時、思いがけず評判が好かった1枚です。リリースカタログを観た時には、わたしは見のがしていました。SHM-CDの美点はピアノの自然な音像。古い録音ですが何十回も再発売されてきた2曲が新鮮に聴こえました。
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コメント:梅雨でもないのに傘を手放せない日々が続いています。9月というのに台風7号、8号が沖縄の南にある。バスには貸し出してくれる傘が用意してあるものの、分かっていて用意していないと思われそうで気がひける。
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髪を切りに行く途中で大ダコに襲われそうになったり、大蛙に会えたので熊本城にいる間は突然に降り出した激しい雨の被害にあうことは免れたけど、帰りはバスが水没しそうになったり川が氾濫しそうだったり。
帰り着いた途端に烈しい雷雨で衛星放送が受信障害、「龍馬伝」は地上波で観たけれども「帰ってきたウルトラマン」を見のがしてしまいました。夜は震度3の地震があって疲労困憊。ようやく月曜日の夕方ぐらいから体調が落ち着いてきました。
8月もあと1日。朝の燃えるゴミ出しの時、小学校の駐車場は綺麗にしていて車も止まっていなかったけれども、新学期の準備は万端ね、と感じました。9月1日には仕事も慌ただしくなるだろうから明日の午後まではゆっくり出来ると良いなと思っています。1日からはまたしばらくは更新が不規則になります。
夏の間、雨が降っていない限りは夕方写真が撮れる時には《熊本の夕暮れ》シリーズとして続けてきましたけれども、沈む位置が南の建物の影になったら暫く休止です。
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ルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」初版本が遺体のあった枕元に、伏せて置かれていたことに最初の疑問を抱いたコロンボ。米カリフォルニア市警察の警部補、コロンボが研修としてスコットランドヤード(テレビではロンドン警視庁と訳されています)にやってくるお話しで、コロンボがカメラを撮りまくるシーンでロンドンの名所がたくさん挿入されていて観ていて楽しく、大好きな「ロンドンの傘」。その為にコロンボの愛車は登場しません。
8月30日、午後9時からNHKのBS2で四夜連続で「刑事コロンボ」名作選。その第1夜に「ロンドンの傘」が放送されました。死体は亡くなった(殺された)サー・ロジャーの寝室で発見。
コロンボが叔母の料理の本を伏せておいたら、背表紙が傷むと叱られたことが疑問を抱いたきっかけ。同行していたロンドン警視庁の刑事(ダーク部長)はスルーしたものの、本を読んでいたのなら老眼鏡は何処だろうとコロンボの次の疑問が遺体を解剖してみようと操作に関心を持たせることになります。
犯人の舞台女優リリアンを演じたのは、ボンドガール(ゴールドフィンガー)も演じたオナー・ブラックマン。犯行現場は楽屋で争っていての転倒死。遺体を動かしたので法的には殺人と偽装という罪になるのでしょうか。争った際に胸にしていた真珠のネックレスがちぎれて、殺されたサー・ロジャーの傘の中に真珠の珠が入っていたと合ってもいないので犯行はしていないというアリバイが否定されて、犯行の自供をさせることに成功して事件は解決。
でも、これ。コロンボが仕掛けたワナ。パーティの誘われた時に拾った真珠を目を盗んで投げ込んだのでした。
コロンボがこっそりと証拠物件を傘に投げ込んで、犯人の自供を誘うというワナを仕掛けます。法的証拠にはならないですよね、でも刑事の仕事はここまで。via brightkite.com
ロンドンでの事件なので法的追求をどうするか、そもそもコロンボのお仕事ではありませんね。[ JUGEMテーマ:ミステリ ]
番組中、サー・ロジャーの告別式でシューベルトの弦楽四重奏曲《死と乙女》の葬送行進曲が演奏されていました。
皆さん、ありがとうございます。まもなくオフィシャルブログ《クラシック音楽を楽しむアマデウスレコード》の訪問者カウントが、『66,666』になろうとしています。ブログをはじめたのが2008年3月11日。カウンターを設置したのは一月ほど後だったでしょうか。振り返れば一週間過ぎた頃からメッセージやコメントを頂くようになって二週間ほどでネットフレンドらしき実感を得られることがありました。
今ではお互いに私生活に変化があって、その頃のようなやりとりはないのですけれどもふと立ち寄りあっています。それだけでも嬉しいです。いそがしいからと更新しないよりも、きちんとした内容で毎日行うよりも少しでも更新があるのを観るのは嬉しいですね。わたしは一月近く更新していなかったりと心配かけているのではないでしょうか。ブログを書き始めた頃は1日に4回の更新を一月以上続けていたこともあります。ある意味、それが目につきやすいこととなって早いうちから良い関係になれる読者を得られたのでしょう。
今でも多様性があって興味深いと言われる所以だと思います。最初は何処のブログサービスがいいか何度も自分の中で選考を繰り返しました。それが良い感触を得て、最初は同じブログサービスのユーザーからのコメントが主だったのが徐々に広まって、新しいお友達のブログサービスはどんな特長があるのかなと興味を持って今ではほとんどのブログサービスにわたしのブログはあります。
ブログライフも2年目頃から、それぞれのブログに個性が出てきて、ついつい一方のブログの更新だけが頻繁となっていたりして一方は開店休業中。コメントだけに答えるだけと言うことになっています。まだまだまんべんなくとはいかないでしょう。
放っていても、ブログに訪問頂く数は変わらないのが不思議ですが反面恐縮。訪問回数『55,555』は2009年9月8日でした。ほぼ1年間で1万回の訪問を頂いたことになりますね。何処までのばせるか楽しみです。皆さん、ありがとうございます。[ JUGEMテーマ:今日、こんなこと、あんなこと、あった。 ]
コメント:レコードがヴィニールで作られるようになって扱いが楽になったことが需要が高くなってきた背景にあります。録音のデッカがアメリカ市場に載りだした頃、クラシックでもジャズでもなくオリジナル曲でない親しみある映画音楽をゴージャスに演奏して喜ばれました。
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コメント:マントヴァーニ、スタンリーブラック、フランク・プールセル。クラシック音楽の老舗DECCA、EMI。米コロンビアはパーシー・フェイス楽団の新風で巻き返し。当時のポップスやロックまでを演奏してイージーリスニングというジャンルを席巻しました。
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コメント:テルミン、オンドマルトノと電子楽器の潮流がはじまる直前。「カッコーの巣の上で」のオープニング音楽は意欲的な逆転の発想。今聴けばシンセサイザーだと思うのではないかしら。ピコピコサウンドでなかったことが名曲入りの秘訣ではないでしょうか。
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カッコーの巣の上で を午後(NHK Bs-hi 2010年8月26日木曜日、午後3時)観ていました。のこぎりで演奏した主題歌が懐かしく、発想ありきで新しいものは生まれるものだなと感じています。
映像の中の名曲で映像の中のクラシック音楽ではありませんけれども、「カッコーの巣の上で ONE FLEW OVER THE CUCKOO'S NEST 」をはじめ耳にする機会の多い名曲「シャルメイン CHARMAINE」。マントヴァーニ楽団が1951年に録音したレコードは大ヒット「クラシック」と言っても良いでしょう。マントヴァーニ楽団(MANTOVANI and HIS ORCHESTRA)は40人を超える大楽団。最近ではストリングスはシンセサイザで作るバンドも多いけれども30名近くがストリングス。ヴァイオリンだけで20名は通常のクラシック・オーケストラ並みですね。
だからでしょうかCDの問い合わせを受ける時に、「クラシックと思いますけど」って誤りを正すような問い返しがあったりもします。マントヴァーニ楽団のサウンドは一聴して分かり易い。ヴァイオリンが多いことを活かしてタイミングをずらして弾くことでカスケード効果を出しているのが特長です。マントヴァーニは名前から推察できるようにイタリア、ヴェニス生まれ。ですが、イギリスに移住、音楽を学びます。そして第二次世界大戦後にアメリカへポピュラー音楽で進出したわけですけれどもイギリスのオーケストラ界では戦争中に戦死した楽団員が多くてハレ管弦楽団では女性演奏家をたくさん起用してジョン・バルビローリが第三次黄金時代を迎えていた頃ですよね。ヴァイオリン演奏家はもとよりたくさんいそうですから、楽団員として揃えることは難しいことではなかったと思います。
管楽器と比べてストリングスの数が異様に大きいマントヴァーニ楽団の編成は、第二次世界大戦後という事情もあったのかも知れませんね。カスケード演奏もドイツ式の縦の線を揃えたスタイルでもないし、個人芸に長けていようとブレンドされてしまうのではないかしら。徐々に演奏技術が上がればいいわけですから、腕達者がフォローして成長を待てば良いですものね。1990年代に女性だけのオーケストラが話題にされたことがありましたけれども、戦争前と戦争後のヨーロッパもアメリカも女性の楽団員は占める割合が変化した時代ではないかしら。
戦後の音楽はアメリカが元気。映画の主題歌を中心にレコード文化が商業的ささえとなっていきます。アメリカの映画主題歌をレコードとして楽しまれる時代のムーブメントの中でマントヴァーニ楽団が果たした役割は今感じるものよりも大きかったと、わたしは感じています。1951年にレコード発売されて大ヒットした「シャルメイン」はマントヴァーニ楽団の代表作。名刺代わりの曲です。この曲も1926年のアメリカ映画「栄光なにするものぞ」の主題歌です。マントヴァーニのオリジナル作ではないんですね。
プールでスタイル作りしている女性の姿が当たり前になりました。水に親しんでいる子どもたちも女の子が多いように見受けられます。わたしは泳ぐのが苦手で撮られた写真を見る限りではプールをエンジョイしているように観られるけれども、水から出ると顔を拭ってばっかりでした。
水の中から出る時の音の聴こえ方が変わるのは興味深いものがありました。シャルメインなどをはじめ、マントヴァーニ楽団やパーシー・フェイス楽団が子どもの頃遊んでいた遊楽場のプールでは良く聴こえてきました。大人になったらプールバーで聴く機会があったりと、「シャルメイン」を聴くと夏の終わりをイメージします。
一羽は東に、一羽は西に、一羽はカッコーの巣の上を飛んでいった・・・・・・
それぞれ一羽一羽に羽ばたき向かう空がある。
妖精たちの夏はこれから、妖精たちの青春が楽しみ。
たくさんの妖精の中でも、今一番楽しみなのが
こどもだって〜うまいんだもおん〜のんだらーこういっちゃうよ〜くぅうううううw
わたしがカメラを向けたのに気がついて、俺も俺もと大騒動。ウルトラマン(80?)と怪獣たちのとっくみあいの合間の微笑ましい様子です。
というのは作り事としても、怪獣もウルトラマンもシチュエーションを変えると表情和やかですね。ヒーローはともかくも本当に厳つい表情の怪獣っていないと思います。ゴジラの最近の作品や平成ウルトラマンなどでは感じられなくなってしまったのは残念です。平成ガメラは観ていて怖い。リアルさを追求すれば仕方のないことかも知れないけれども、グロテスクと言われたギーガーのエイリアンだってわたしとしては可愛らしいと感じますよ。
ウルトラマンの怪獣たちは子ども向けという対象を心得ていたデザインだったのでしょう。怪獣事典、カルタ、ブロマイド、ソフビ人形と個性はあるし可愛らしい姿ですよね。デザイナー集団の作業としてよりも、そこの責任者のカラーが尊重されて製作されていたと思います。今はスタッフが時折自分をアピールしたいが為に、どれも同じような仕上がりになっているんじゃないかとも思うことがある。手塚治虫のアニメーションを、石ノ森章太郎や藤子不二雄が手伝っていてもアシスタントとしての立ち位置が感じられるのが大人だなと思えて仕方がないのです。
新しいiMacになってからフォトショップを常時起動していても付加がなくて、ネットのフレンドが撮った写真を加工するのが楽しくなりました。これから増えると思われるので、専門のブログを作ろうと思います。[ JUGEMテーマ:アートエンタメ ]
ロケーションは百地です。
オリジナルの写真はよしおさんの撮影です。
ウルトラマン80は熱心に観ていなかったので、詳しいことは知りません。
(2004-01-21)
コメント:怪獣と闘っている映像を観たこともないウルトラマンもたくさん。名前だけではスタイルも分かりません。でも、主題歌だけでなく挿入歌、最終回など特別のエピソードでの曲も良いサウンドで聴けます。それだけでも面白い。 |
冬木透,ひし美ゆり子,高島幹雄,サントラ
バップ (2000-08-23) コメント:女性隊員は振り返ると個性が強かった。時代を感じる水着姿でも、ダンとアンヌのプールサイドやビーチ、浜辺での様子はフランス映画みたいでしたね。わざわざこういうシーンまでと言うものもあって、スタッフ一同楽しんでいたんじゃないかしら。 |
コメント:ウルトラマンティガ「地の鮫」は熊本ロケとなりました。わたしにとって思い出深いことでした。ウルトラマンランドのPRもあったのでしょうけど、前後編でしかもクライマックスへ持って行く前の重要エピソードで多くの人の目にとまるって嬉しいものです。
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(2010-04-21)
コメント:親がしなさいと言えばしないし、だめだと言うことを仕様とするのが子どもで子どもは勝手に育っていくものです。親も子どもの頃があったから分かると思います。だからこそ必要とされたらその時を逃さないようにしたい。それを気づかせてくれる名画です。 |
コメント:クナッパーツブッシュのリングは神話物語としてよりも人間ドラマを聴くような思いです。音像は遠目だけれどもどっしりとしていて物事を顔に出さないでこなしている、一時代前の父親像を感じます。
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NBC交響楽団,ワーグナー,トスカニーニ(アルトゥーロ)
コメント:ハリウッド・ライクなワグナー。ワルキューレの騎行とジークフリートのラインの旅、葬送行進曲だけという純粋な管弦楽曲だけをピックアップしてダイジェストしているけれどもリング世界を観光してまわったような面持ちがあります。 |
愛の形を問う言葉。わたしも一緒に頑張ろう。お前が望むように強くなる。と、父親が息子を抱きしめて受け入れる。
息子が父親の脚にすがって、親の愛情に甘えることが悪いことではないと頑なだった心を解放する。
映画「理由なき反抗 Rebel without a couse 1955 」のラストシーンです。主演はジェームス・ディーン。わたしの母も映画の話題となると良くジェームス・ディーンの話をしていました。母にとっては「エデンの東」が印象的だったようです。映画は好きで良く観ていたようですが、映画とスターをきちんと結びつけて話題にしていたことは少なかったと記憶しています。映画の配給の中継ぎ(事務仕事でしたが)の仕事をしていた時代とは違うので嫌なことがあると映画館に言っていたと話していたので、その時分にでも観たのでしょうね。
NHK Bs-hiで午後3時から放送されましたが番組告知は観ていたものの今日の放送だとは思っていなかったので、初めから見始めたのは偶然なのか?
思い返せば、台所に立ったついでに仏飯(ぶっぱん)をあたらしくしてお線香を上げたのは偶然ではないでしょう。きっと母と一緒に見ていたのでしょうね。
わたしは親の愛情に甘えっきりのままでしたが、映画「理由なき反抗」の主人公は件名に自分だけで道をさがしてもがいています。そうした生き方の時代だったのでしょうね。特に若い男性は。時代は20年周期で揺れていると言いますけれども、ジェームス・ディーンの嘆く姿を観ていてランボーのシルベスター・スタローンの表情が重なったのはわたしだけの勝手な印象でしょうか。
仲良し家族というのがあります。友達同士のような親子の姿は、微笑ましいし日常はその方が良いとも思うのですけれども、仕事で同棲を指導するのが骨折れることであるように父親は息子に男親として接しなければいけない時がある。母親にとって娘というものは接し方の難しいところもあります。
ジェームス・ディーンが映画が始まって10分のところで、警察署でふてくされながら口笛で吹いているのが「ワルキューレのテーマ」です。溺愛している娘の言うことにはうんと言ってしまう父親。娘は戦乙女のブリュンヒルデ、男勝りのマイペース。父親は神々の長ウォータンで契約を司っています。世間体は厳格な父親です。
最初ウォータンはブリュンヒルデにジークムントとジークリンデの若い夫婦を見守るように命じます。しかしブリュンヒルデが父親の命を実行に出かけてしまったあとで、ウォータンの妻がやってきて祝福をされた結婚ではないから夫婦とは認められないと夫ウォータンに詰め寄る。「契約の神なのだから筋が通らない」と。
ウォータンはブリュンヒルデの後を追って前言を撤回するのですが、けなげな若い2人に心ふるわせてしまっていたブリュンヒルデは可愛そうだと懇願。それに「お父様は護れとおっしゃった」と言い返す。表向きと内心、妻と娘の2人の女性の間に立って自分の立場を作ろうとする夫。ウォータンの妻フリッカも、直接娘ブリュンヒルデに言えばいいものを言いにくいものでもあったのでしょうね。
ジェームス・ディーンのファンは多いし、映画「理由なき反抗」もたくさんの研究がされていると思います。映画の冒頭で口笛で吹いていたので、解釈は色々でているでしょう。わたしはジェームス・ディーンと父親、そして夫婦というものを楽劇「ワルキューレ」に遠からずなぞっているのではないかと感じました。[ JUGEMテーマ:懐かしのハリウッド映画 ]
クラシック音楽史に残るであろうプロジェクトの時間が迫りました。日本時間で午後10時50分から、「バイロイト音楽祭のワルキューレ」がテレビで世界初の生放送。
バイロイト音楽祭は、作曲家ワグナーがドイツのバイエルンに建設した歌劇場で7月、8月の夏の期間だけ行われます。上演されるのはワグナーが作曲した10作品だけ。「さまよえるオランダ人」、「タンホイザー」、「ローエングリン」、「トリスタンとイゾルデ」、「ニュルンベルクのマイスタージンガー」、「パルジファル」。それに「ニーベルングの指環」としてセット上演される「ラインの黄金」、「ワルキューレ」、「ジークフリート」、「神々のたそがれ」です。
ゴージャスで絵巻物語りのような「ラインの黄金」と、作品の神の主人公英雄ジークフリートの成長と神々の手から人間の手に世界が受け渡されるまでを描く「ジークフリート」と「神々のたそがれ」の前後編の間に位置した「ワルキューレ」は動きとスペクタクルがいっぱい。第3幕の序奏と第一場にあたる「ワルキューレの騎行」はよく聴かれる音楽ですね。
ただ1人の作曲家の作品だけを上演する歌劇場の音楽祭。「バイロイト詣(もうで)」という言葉があるほど、オペラ・ファンが一生のうちには行ってみたいと思っているほどチケットは何年も先まで予約で埋まっています。「詣」と言われるほど観劇には覚悟が必要です。覚悟と言っても命を奪われるという事はありませんけれども、歌劇場は山の奥の方にあるので周囲には宿泊施設も少ないと言います。そして歌劇場の設備、教会の椅子のように木製の長いす。クッションなどはありません。慣れた人はお尻に敷く物を持っていくのだとか。
長いすなので1人勝手に席を立つこともまま成りませんよね。そして上演時間の長さ。ワルキューレはCD4枚組と言えば、分かり易いですね。
第1幕、約1時間。
第2幕、約1時間30分。
第3幕、約1時間15分。
これは放送で観られることは大歓迎だ!とハッキリ成りそうですけど、各幕の間の休憩時間が90分はありますからはたしてその間が持たせることが出来ますやら。
放送は午後10時50分から、翌朝の午前5時過ぎまで。「ニーベルングの指環」のチクルス(4作品セットでの上演を「チクルス」と言っています)は今年の上演でひとまずおやすみ。数年おいて新演出での登場と成ります。2008年、2009年を収録した映像はありますから、放送トラブルが起こってもフォローは出来ると思います。ポッドキャストで音声の生中継は好調。放送のバックアップも万全と言うことで世界初の生放送と成ったのでしょうね。
寝ないで頑張って、歴史の立会人になりましょう。[ JUGEMテーマ:今日、こんなこと、あんなこと、あった。 ]
***
Die Walküre
Cast 2010
Conductor Christian Thielemann
Director Tankred Dorst
Stage design Frank Philipp Schlößmann
Costumes Bernd Ernst Skodzig
Dramaturgy Norbert Abels
Siegmund Johan Botha
Hunding Kwangchul Youn
Wotan Albert Dohmen
Sieglinde Edith Haller
Brünnhilde Linda Watson
Fricka Mihoko Fujimura
Gerhilde Sonja Mühleck
Ortlinde Anna Gabler
Waltraute Martina Dike
Schwertleite Simone Schröder
Helmwige Miriam Gordon-Stewart
Siegrune Wilke te Brummelstroete
Grimgerde Annette Küttenbaum
Rossweisse Alexandra Petersamer
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もう一度羽化し直したら、わたしはどうなるだろう。
今日も、今は何時だろうって目が覚めた時に思った。
とりあえず、自分の家の寝室であることは確認できました。
Posted via email from Composition of Maetel Style
[ JUGEMテーマ:恋愛詩+゚* ]